コラム “志・継・夢・承”
事業承継やM&Aにまつわる思いを
気ままに綴っています

2023年

地域で出会った情景 2023Vol.56

2023年を振り返ると、今年は、仕事でもプライベートでも“地方”に関わることが多い1年でした。縁ある地も含め、ひさしぶりに訪れた地方は、時間が止まっていたかのように驚くほど変わっていないところもあれば、時の移ろいやコロナ禍を乗り越えてすっかり変わってしまった景色もありました。

  • 『なす術もなく息をひそめるシャッター通り商店街』
  • 『ここにいたのか!と思うほど人口密度の高い、郊外のスターバックス』
  • 『地域の人の温かさに守られている、無人の鉄道駅』
  • 『待つことが仕事、という高齢者であふれる病院』
  • 『朝夕は都会並みに渋滞する二車線の市内道路』
  • 『車通勤の前後に町を行き交う、さまざまな介護施設の送迎車』
  • 『車も客もいない、駅前のタクシー乗り場』
  • 『常連客が増えてひっぱりだこという介護タクシー』
  • 『どうしてここに?という場所で出会う異国の観光客』
  • 『地方の深夜、1時間以上待たないと来ない代行』 など・・・。

今さらながらもいろいろと考えさせられる光景が印象に残る一年でした。都会暮らしに慣れ、地方出張も途絶えていたなかで、改めて、地元や地方に身を置き、関わったことで多くの変化に気づかされました。

地域の高齢化・過疎化・少子化を現実の光景として、いざ目の前にすると、改めて、事業承継をはじめとする課題にどう取り組めばいいのだろうかと、途方に暮れます。

地方に“ヒト、モノ、カネ、チエ、ユメ”がもっと流れるようになり、地域の中小企業や小規模企業の経営者を連携して支援することができればと痛切に感じます。もちろん、みな、地域で日々努力しているものの、ここ数年で、時は想定以上に速く、情け容赦なく進んだようで、地方ほど課題解決に残された時間は少なく、緊急度は高まっています。

来年は、“気づいた一年”から“動く一年”にするのが目標です。

以 上

<真>
2023年12月

2つの“流動化”Vol.55

『ビズリーチ!』 とテレビのCMで連呼されているのは、ビジョナル株式会社(東証プライム上場)が展開する転職サイトで、今や国内の人材紹介業界のプラットフォームです。今すぐ転職するつもりはなくても匿名で登録した経歴を見た企業やエージェントからスカウトされることで、自分自身の市場価値を確かめることができます。

また、他にも、例えば、SNSの世界では、“LinkedIn(リンクトイン)”というプラットフォームで、今だと世界で9億人を超えるプロフェッショナルがグローバルなコミュニティを形成しています。プロフェッショナル同士がつながるため、あるいは、プロフェッショナルを探すという目的で集まった人が登録し交流することでし、新たなビジネスや就業機会が生まれます。
いずれも、これまでになかった方法であり、これまでにない勢いで「人材の流動化」が進み始めています。

そして、ビズリーチを展開するビジョナルは、マッチングする対象を“人”だけではなく、“企業”でも展開しています。中小・小規模企業の売り買い(M&A)をつなぐ『M&Aサクシード』というマッチングサイトも運営しており、直近では、約3,000件の譲渡・売却希望企業が匿名で掲載され、9,000件を超える譲受・買収希望者が登録しています。

そのM&Aサクシードが、今年、新たに始めたのが、『買い手候補を“お試しで”探す』というサービスです。ビズリーチの転職と同じように、オーナー経営者は、匿名で企業概要を掲載して自社への“買収希望”(=スカウト)をオンラインで確認します。転職サイトさながらに、匿名で買収希望(=スカウト)を確認しながら、自社(=自分)の市場価値を知り、早めのM&A(=転職)へと促す仕組みは、マッチングサイトならではの発想であり、さすがのアイデアです。

今、M&A仲介専門業者は、上場企業7社をはじめ、もはや1,000を超えています。そういうなかで、仲介会社1社だけと専任契約をして買い手探しを任せることに二の足を踏むオーナー経営者は少なくありません。そうしたなかで、この新しいサービスは、いよいよ「資本の流動化」を促し、既存のM&A仲介業界の流れを変えることになる。そんな予兆を感じさせます。

ただ、転職もM&Aも、現実では、マッチングサイトに登録すれば、すぐに声がかかって進むものでもありません。むしろ『誰からも声がかからない』という現実に直面した時が本当の始まりかもしれません。

今後、「人材の流動化」と「資本の流動化」という2つの流動化が一気に進み出すであろうなか、小さな舟ほど、しっかりと経営の舵取りをしなければ、“流動化”の波に翻弄され、あっという間に飲み込まれてしまいそうです。

以 上

<真>
2023年11月

ファンドにしかできないことVol.54

10月、弊社、日本プライベートエクイティ株式会社としては11本目となる、新しいファンドを立ち上げました。出資者は、JR四国(四国旅客鉄道株式会社)さんのみの『JR四国・リレーションシップ1号』 というファンドです。出資者のニーズに応えると同時に、弊社のこれまでの経験や知恵、想いも織り交ぜて組成した、ちょっとユニークなファンドです。

“四国”といいながらも、四国地域の企業だけではなく、島外、つまり、四国の外にも目を向けて、全国の企業を対象に、“四国の発展=JR四国の成長”と考えて、投資をするファンドです。

投資対象としては、「事業承継」による株式の譲受、「ベンチャー企業」への投資、四国で事業展開する「合弁会社」の設立、「中堅・成長企業」との資本提携など幅広く想定し、柔軟な出資形態で対応します。また、主な投資対象となる「事業承継案件」の場合、中小企業のオーナー経営者から株式を譲り受けた後、社員とファンドが一緒になって会社を“みがきあげ”、第三者へのバトンタッチではなく、JR四国本体のグループ企業になることも想定しています。

最近、多くの事業会社が、新規事業の創出や成長戦略の一環で、スタートアップ企業に投資する“CVC”(コーポレート・ベンチャーキャピタル)やM&Aファンドを組成しています。また、事業会社だけではなく、全国の地域金融機関も、“事業承継”をはじめ、“スタートアップ”や“第二創業”“成長支援”など、融資ではなく“投資”というアプローチでの支援を企図したファンドを相次いで組成しています。

こうして、“ファンド”は、地域や経済社会に浸透し、『投資する=株式を買い取る』という機能をベースに、マーケットや出資者のニーズにあわせて柔軟かつ多様な形態で組成されるようになりました。

ただ、忘れてはいけないのは、ファンドは、地域や企業のニーズに応じて組成されるものの、あくまでも「出資者」あってこそ成り立つものであり、「出資者」が満足してこそ続いていくものです。ゆえに、いずれは投資した資金は回収され、運用としてリターンを得ることが求められます。

「運営者」は、「出資者」が求めるリターンとニーズを満たすため、「投資先」の企業価値向上を実現します。ごくシンプルなことではあるのですが、「出資者」「投資先」「運営者」の三者が各々の役割を偏りなく全うするのは非常に難しいことですが、“三方良し”を実現して初めて、ファンドの目的は達成されます。

新しいファンドを組成するたびに、また、新たなスタートラインに立ったという気持ちになります。

まだ見ぬ人たちとの新たな出会いの旅に夢と期待が膨らみます。

以 上

<真>
2023年10月

過ぎゆく夏Vol.53

世界平均気温が最高を記録した3ヶ月、史上最も暑かった夏もそろそろ終わりです。春夏秋冬それぞれに季節の終わりはあるものの、夏だけは特別な“終わり”を感じます。暑い暑いと文句を言いながらも終わるとなると寂しくなる。そして、夏だけは、終わるという寂しさと同時に、過ぎ去っていく清々しさを感じます。この夏の終わりの感覚、オーナー企業の事業承継に通じるものがあります。

オーナー経営者が事業承継した“後”の会社への関わり方は人それぞれですが、特に、第三者に承継する場合の「株式」と「経営」の承継にはさまざまなパターンが考えられます。

  1. 株式をどうするか?
    「すべて売却」 「一部残す」 「一旦すべて売却して一部再出資」
  2. 経営をどうするか?
    「経営者として続投」 「期限を決めて残る」 「距離を置いて関与」 「一切関与しない」
  3. 日々の関わり方は?
    「用はないけど今まで通り出社」 「週に何日か出社」 「一歩も近づかない」

そして、それそれの選択肢の組み合わせで、いろいろなパターンが考えられるのですが、私自身がこれまで事業承継ファンドとしてお引き受けしたなかで一番多いのは、「すべて売却×一切関与しない×一歩も近づかない」というシンプルかつ明快なパターンです。あえていえば、3ヶ月ほどは顧問や相談役で名前を残していただくものの、特に相談することもなく終わることがほとんどです。寂しいと思うか、あっさりしているというか、それも現実です。

でも、事業承継をやり遂げたオーナー経営者の横顔や後ろ姿には寂しさというより、むしろ、清々しさを感じます。肩の荷を下ろしたという安堵感、やるべきことをやったという達成感、人生を全うしたという充実感といったものが、受け継いだ人や託された者の心に届き、それは清々しさとして感じられ、心に残るものなのでしょう。

9月、空気が澄み空の青がストン!と高く抜けたように晴れた日、夏を謳歌したからこその一抹の寂しさを感じながらも何かが始まりそうに思える日・・・。人生も仕事も最後を締めくくるには、こういう日がいいなと、夏でもない秋でもない日の空に想います。

以 上

<真>
2023年9月

私に社長をやらせてください! <サーチャー編>Vol.52

『私に社長をやらせてください!』

今度は、“見ず知らずの他人”からいきなり言われたら、オーナー経営者のみなさんはどう答えますか?息子や娘でもなく、役員や幹部社員でもない、初めて会う“他人”です。この場合の答えは簡単で、『ふざけるな!』 と一喝するか、逆に、『何を考えている?』 と、好奇心で会ってみるか。

その思いがけない声の主は、“サーチャー”と呼ばれる人物です。サーチャーとは、『経営者を目指す個人』 で、中小企業のオーナーから株式を取得し、自らがオーナー経営者となって企業の価値を高めることを目指しています。そのために、自らが譲り受ける会社を探し、株式を買い取るため、サーチ費用や株式の買い取り資金を自力で調達します。

最近では、「サーチファンド」という言葉もよく聞かれるようになりましたが、サーチャーを抱えて、サーチャーに買収資金を提供するファンドのことです。サーチファンドは、1984年に米国で生まれ、2014年に日本で初めて組成されました。最近では、地域の中小企業の後継者問題を背景に、山口銀行や横浜銀行といった地方銀行もサーチファンドを立ち上げています。

後継者の悩みに、企業の規模は関係ありません。この7月に創業50周年を迎える株式会社ニデック(旧・日本電産)の創業者で会長兼CEOの永守重信氏(78歳)もご自身の後継者を探すにあたり、社内か社外かで随分と悩み、これまで、社外からの登用を模索されてきました。ただ、永守会長が望まれる、『自分のような経営をしてくれる人』を見つけるには至りませんでした。そして、約10年の試行錯誤の結果、永守会長がたどりついた答えは、『社外からの登用は断念し、社内から選んだ経営者候補5人を副社長とし、そのなかから来年4月に社長を決める』 というものでした。

サーチファンドの場合には、『この人が経営者になる』ということが事前にわかっています。ゆえに、オーナー経営者自身が、サーチャーを目の前にして、『この人なら会社を任せられる』と思えるかどうかで決まります。もちろん、“サーチャー”の経営者としての実力は未知数ですが、サーチャーの人脈や投資家も含めれば強力なチームともなります。そしてなによりも、退路を断って、経営者として成功したいという並々ならぬ決意と覚悟、その意欲は、恐らく、社内外の誰にも負けないものでしょう。

サーチファンドで後継者に出会うのは奇跡のような確率です。でも、そもそも、人との出会いも奇跡です。社内でも社外でも、あらゆるチャンスを逃すわけにはいきません。もし、『私に社長をやらせてください』 という声を耳にすることがあれば、社外から後継者をみつける“奇跡”が訪れたのかもしれないと、話だけでも聞いてみてはいかがでしょう。そういう稀有な人材の熱量に触れてみるだけでも損はないはずです。

以 上

<真>
2023年7月

私に社長をやらせてください! <社内編>Vol.51

『私に社長をやらせてください!』

役員や幹部社員にそう言われたら、オーナー経営者のみなさんは、即答できるでしょうか?

『わかった、頼む』 『まだ早い』 『ダメだ』 『考えさせてくれ』 『そのつもりはない』 など、どう答えるにしても、なかなか重い言葉です。もちろん、息子や娘といった親族に言われるのか、非同族の役員に言われるのかによっても違いますが、日々、事業承継を具体的に考えていなければ答えに窮します。

息子や娘に言われたのなら、嬉しいような、素直になれないような、身内ゆえの複雑な感情が湧いてくるかと思います。

一方、親族には後継者がおらず、非同族の役員が申し出てきたらどうするか?いつか任せようと思っていたとしても、いざ現実となれば、『いつ?すぐ?』 『自分は残る?残らない?』 『株式は?保証は?』 『なにか条件をつける?』 など、頭の中は“?”だらけです。ただ、実際には、オーナー経営者に向かって、『私に社長をやらせてください』 と言えるような役員や幹部社員はまずいないでしょう。でも、万が一、気概や覚悟のある逸材が現れたなら、真剣に受け止めなくてはなりません。

オーナー経営者にしてみれば、こればかりは“先手必勝”です。いつ誰に譲るのかをしっかりと決めておかなくては、『社長をやらせてください』と言われてから考えていたのでは、うまくいくものもいきません。親族であろうが、ともに苦労してきた役員であろうが、どういう答えを用意しておくか?というのも事業承継対策の一つです。

6月は株主総会の季節です。

中小企業であったとしても、『私に社長をやらせてください!』、『その言葉を待っていた!』 というやりとりがなされるのが“理想”です。今年は無理でも、来年の株主総会までに、『わかった。頼む。』と言える状況をつくるには、もうそろそろ、今から準備が必要かと。

以 上

<真>
2023年6月

If you can dream it, you can do it!Vol.50

春、卒業や入学、別れと出会いの季節です。“事業承継ファンド”という仕事でも、“卒業生”を送り出しました。ファンド業界では“EXIT”と呼ばれるのを、弊社では“卒業”と言い換えています。卒業にも、いろいろな形がありますが、今回は、MBO(Management Buy-Out/経営陣による買収)=投資先の経営者が自ら資金調達してオーナーである株主から株式を買い取って独立する、という形での卒業でした。

27歳の時、『社長になる』という決意をして手帳に記した若いサラリーマンがいました。社長になるにも、いろいろな道がありますが、それから21年後の2020年、48歳で事業承継ファンドと出会い、後継者不在でファンドが譲り受けた中小オーナー企業の後継社長に請われ、『社長になる』という夢にたどりつきました。

そして、それから3年、中小企業の経営者として、ビジョンを描き、社員を導き、組織経営に移行し、業績も順調に伸ばしてきました。ただ、ファンドの投資先は、通常3~5年で卒業し、また、新たな株主と経営を迎え、次のステージを歩み出します。よって、外部招聘された経営者も卒業して、今度は、“プロフェッショナル経営者”として歩み始めるのが一つの道です。

ただ、今回は、“オーナー経営者”として、資本も経営も経営者として自らが引き受けるという、経営者自らが切り拓いた道です。『3年とはいえ、経営者としてここまで創りあげてきた会社。この先、大変かもしれないが、まだやれることもやりたいこともある。社員のみんなとこのまま頑張っていきたい!』。この覚悟ができたらMBOです。経営者自らで資金を調達し、株主であるファンドから株式を買い取るしかありません。資金調達も容易ではありません。『社長になる』よりも難しい道です。金融機関が経営者を信頼し、会社の事業計画に確信を持たなくては、そう簡単には、株式の買い取り資金は融資してもらえません。そして、いきなり、業歴30年、社員130人を超える中小企業の“オーナー経営者”になるわけです。知識や能力はもちろんですが、自覚、覚悟、責任、決断、社員への想い(愛?)、相互信頼といった人間力も不可欠です。

そして、2023年の春。27歳で決意した『社長になる』という夢を超える夢、『オーナー社長になる』ということを51歳にして叶え、また、新たなスタートラインに立ちました。

熱い想いと行動が周囲を動かすこと、夢を夢で終わらせずにあきらめないこと、“夢は叶う”ということ、経営者を志す人には勇気や希望を与えることでしょう。また、後継者問題に悩むオーナー経営者の方々に知っていただくことで、事業承継の選択肢を増やすことにもなると信じています。

最近、事業承継問題の解決策として、後継者不在の中小企業を探して自らが経営者になることを目指す人材、いわゆる“サーチャー”と、その会社の株式を譲り受ける資金を提供する“サーチファンド”が増えています。今回のように、ファンドも併走しながら、サラリーマンから“経営者”となり、MBOで“オーナー経営者”になるという形は、サーチファンドとは似て非なるものですが、いずれも、“経営者になるための道”ではあります。

『夢見ることができれば、夢は叶う!』
この春、夢を叶えようとそれぞれの道を歩みはじめた方々の自立や旅立ちを心から祝福し、応援しています。

以 上

<真>
2023年4月

旅する ~長良川鉄道~Vol.49

『君を旅へつれていく 終わりのない旅 星への旅へ』と歌ったのは、SFアニメ「銀河鉄道999」の主題歌です。「宇宙戦艦ヤマト」(1974年~)や「銀河鉄道999」(1978年~)といった壮大なスケールのSFアニメを残し、2月、漫画家の松本零士さんが85歳で星の海に旅立たれました。地球からイスカンダル星に航海する戦艦や銀河を旅する列車で描かれる宇宙や冒険といったテーマは、こども心にワクワクしたものですし、歳を重ねれば“人生は旅”“人は旅人”“人生は冒険”としみじみ思えるようにもなりました。

なかなか旅らしい旅ができないなかで、岐阜県を縦断する長良川鉄道に乗りました。岐阜県郡上市白鳥町の北農(ほくのう)駅から美濃太田駅(美濃加茂市)まで上る単線の総距離は72.1km、うち約50kmは長良川に寄り添うように走るゆえ、車窓からの鉄橋や清流が行き交う景色に飽きることはありません。スーツ姿なのが残念ですが、パソコンやスマホには触れまいと決めて鉄道模型のような一両だけの車両の固い座席に身を委ねました。

北濃駅から終点まで38駅あるうちの4つめの美濃白鳥駅から、乗客は地元のお年寄りや旅行者らしき10数人という車両に乗り込みます。ただ、のどかな雰囲気は束の間で、郡上おどりで知られる郡上八幡駅から幼稚園児がわんさか乗り込んできてあっという間に賑やかになり、さらに美濃加茂市に入ると、沿線に通学する学生の下校時間とも重なり、当初想定していた旅のイメージとは違い、もはや、都会さながらの混雑ぶりです。車窓を流れる風景が情緒溢れる自然から町へと変わり、見知らぬ老若男女で次第に賑わっていく、たった一両の満員電車は、変わりゆく人生や社会の縮図のようでもありました。

人生はよく旅に例えられますが、実際の人生は、どこが終点か、いつ終点に着くのか、どこに向かっているのかすら、列車に乗っている自分にはわかりません。ただ、軌道は変えられないものの、乗り合った人とどう過ごすか、どこで降りるかは各々の自由です。

終点がいつかどこかわからない列車の乗客として、自分で降車駅を決める、つまり、自分にとっての終着駅を自ら決めるにはなかなかの勇気が必要です。『まだ乗っていていいか』『もう少し行けるところまで』『そろそろ降りて歩いてみるか』。いや、そうこうしているうちに突然、終点を告げられるのか。

そういえば「銀河鉄道999」の最終回はどうなったか記憶にないな・・・と思いながら、当然決まっている終点で降りて2時間20分の旅を終えました。でも、終点がいつかどこかわからない列車にはまだ乗ったままでいます。

以 上

<真>
2023年3月

舞いあがれ! ~小さなネジの大きな夢~Vol.48

『今、朝ドラ、事業承継の話ですね。』と、ある会社の社長に言われて、『え?』と戸惑いました。NHKの朝の連続テレビ小説、いわゆる“朝ドラ”は、テーマや舞台となる地域、脚本家で興味をひかれれば観るのですが、今、放送中の『舞いあがれ!』は、ヒロインの福原遥さんが空を飛ぶことに憧れてパイロットになるまでの奮闘を描く話だと勝手に思い込んで観ていなかったので、いつの間に?何が起こった?と慌てた次第です。

東大阪でねじを製造する中小企業、家業を継がずに投資家になった長兄、オーナー社長の急逝、奥さんが社長に就任、主人公である長女の舞はパイロットの夢をあきらめて家業へ。その後、ねじ工場の再建でリストラや信用金庫との折衝、最近は、航空機部品への参入にも挑戦したようで、この先、空へ「舞いあがれ!」となるのでしょうか。

事業承継でいえば、池井戸潤さんの小説『陸王』もドラマになりました。社員20名ほどの老舗の足袋製造業者の四代目社長(役所広司さん)が、会社の存続をかけた新規事業として、足袋の製造技術を生かしたランニングシューズの開発に挑戦。素材探しや資金難、世界的なスポーツブランドとの熾烈な競争といった課題を乗り越えていく話ですが、ここでも、当初は家業を継ぐつもりがなかった、社長の息子(山﨑賢人さん)が、迷った末に自らも会社に飛び込み、新規事業の立ち上げに携わるという“事業承継”のドラマです。

こうして、“親族内承継“が、ドラマや小説でも身近なテーマになってきていますが、ここ最近、メディアでよく目にするのが『アトツギ甲子園』です。中小企業庁が主催し、全国の中小企業・小規模事業者の39歳までの後継者が、先代から受け継ぐ経営資源を活用した新規事業のアイデアを競います。2021年に始まり今年で3回目。今まさに3つの地方大会で選抜された“アトツギ”が3月3日の決勝大会に向けて、『変わりゆく時代のなかで、会社の永続にコミットする後継者として家業をいかにアップデートするか』を発表し、競っています。

親にしてみれば、朝ドラの舞さんもアトツギも頼もしい限りでしょうが、現実では、本当にうまくいくのか?苦労を背負わせるだけにならないか?と心配は尽きないでしょう。でも、事業承継の選択肢は、親族か親族外かの二者択一です。親族への承継の割合は、中小企業で3割、小規模事業者で9割というデータもあります。

息子でも娘でも、社員でも外部人材でも、オーナー経営者として『任せられる』と思える後継者がいるのなら、それは奇跡です。となれば、その人に継がせるためにはどうすればいいかを精一杯かつ柔軟に考えるべきです。そして、後継者が見当たらなければ、オーナー経営者が自らで“親族外承継のドラマ”を創り、その“主演”、“プロデューサー”、“助監督”をするしかありません。ただ、“脚本”と“演出”、“監督”は信頼できるプロフェッショナルに頼ることをお忘れなく。

以 上

<真>
2023年2月

仕舞う ~年賀状~Vol.47

2023年、新しい年になりました。
年初の習わしの「年賀状」、公私ともに、出す枚数も受け取る枚数もかなり減ってきました。誰が名付けたか“年賀状じまい”をする方が増え、巷では『年賀状じまいはがき』も売られていました。私自身も、小学生の頃から50年近く続けてきた年賀状ですが、最近では、喪中はがきが増える、出していなかった人からの年賀状に慌てて出すラリーが続く、LINEで済ませるなどの理由で、年々、出す枚数が減り、年賀状ソフトに頼らずとも、手書きの方が効率よく丁寧に書けるほどの枚数になりました。

今年、会社でも“年賀状じまい”をさせていただきました。これまで、虚礼廃止という波にも負けず、形式的な文面ではなく近況報告も書き加えているから“虚礼”ではないと続けてきましたが、昨今、環境意識の高まりやSDGsの観点で“年賀状じまい”をするという風潮になってくると、もう潮時かと決断しました。

日本の「年賀状」の歴史は、平安時代まで遡り、年始の挨拶回りで実際に往来していた習慣が書状に簡略化されたのが始まりとされています。一般に広がったのは、明治4年(1871年)の郵便制度開始以降ですが、平成15年(2003年)に約44.6億枚発行されたのがピークで、2010年頃からは、高齢化をはじめ、メールやSNSへの代替などで減少傾向となり、今年2023年の正月用に発行された年賀状は16.4億枚と、ピーク時の約3分の1になっています。

永く続いてきた習慣や風習が終わるのは寂しいことですが、まったくなくなるのか、新しい形に変わっていくのかでは意味合いが違います。“年賀状じまい”したからといって関係を断つわけではなく、『年の初めに、自分の人生で大切な人とつながり、相手を思いやる』という、本来の目的を果たすための風習が、時代に合わせて形を変えるだけで、150年以上にもわたって続く、この習わしはこれからも受け継がれていくものと考えたいです。

ちなみに、“年賀状じまい”の“しまい”“しまう”という言葉は“仕舞う”や“終う”と書き、“仕舞う”は能や茶道の世界でも使われる言葉です。同じ“しまう”でも“舞”という文字が入っていると日本独特の美しい趣きや文化を感じます。

さて、永く続けてきたことをおしまいにするのは、オーナー経営者にとっての“社長業”も同じです。オーナー経営者が“社長業”を仕舞うときも、すべてを終わりにするのか、新しい形でもって仕舞いとするのか。本来の目的を忘れず、大切にして、その響き通り、きれいな“仕舞い”ができるように、今年も、事業承継の新しいカタチを生み出し、美しい“仕舞い”をお手伝いしていきます。

以 上

<真>
2023年1月